2015年06月08日

私の車歴は職歴に通ずその3「オープンカーに憧れて」

久米社長が車遍歴を書いていらっしゃったので、、、、
私もおもむろに復活いたしました。

ちなみに過去記事はこちら

私の車歴は職歴に通ず その1「愛すべきマイカー第一号」
http://sakaiyukako.seesaa.net/article/227430711.html

私の車歴は職歴に通ずその2「ちょっと女の子してみたかったの」
http://sakaiyukako.seesaa.net/article/258420997.html

オートバックスセブン(本社のことです)堺石津店、深井店からの
配転先はオートバックス東大阪店。オートバックス創業1号店です。

このお店で私のオートバックス人生における転機がありました。
当時、お世辞にも活況とは言えなかった「カースポーツ」の担当になった
ことです。

カースポーツは、ステアリング、マフラー、エアフィルタ、ターボタイマー、
ブローオフバルブ、ストラットタワーバー、エアロパーツ、サスペンション、
ショックアブソーバー、フォグランプ、ヘッドランプetc…、
いわゆる若い子が好きな外付け部品全般のこと。

売り場面積四畳半の東大阪店から手さぐりで、転勤した高槻店(現スーパー
オートバックス)では、売上関西ギネスを樹立、その後の転職、起業の基と
なった私にとって大切なものです。

当時の私はモータースポーツのことはよく分からず、また、お店としても
カースポーツの売上への期待は少なく、隣接するタイヤ・ホイールのサブ
担当も兼任することになりました。
そして予想とおり、当初はカースポーツの売り場に立ち寄るお客さまは
あまり多くありませんでした。

今でこそわかることですが、チューニングやドレスアップ用品は道路交通法
に抵触するものが多く、オートバックスとして車検代行も開始したという
流れもあり、チューニングパーツはプロショップへどうぞ、みたいな感覚が
あったのだと思います。実際に置いてある商品も魅力が少なかったような。
今はそんなことはありませんけど。

私、勿論これではいかんと思いましたよ。
しかし無知な新任カースポーツ担当にとって、この売り場に来るお客さまは、
本当にクルマいじりが大好きな方ばかり(と、当時は見えていた)。
変な接客をすれば、逆にやりこめられてしまいます。
品ぞろえも、売れ筋も把握できず、メーカーさんの言うがままに最低限の
商材で勝負する日々がしばらく続きました。

そんな時、季節商品の売り場で販促ビデオを流して不要になったテレビデオ
(懐かしい…)を譲り受けることになり、勉強のためにコンビニで自腹購入
した「VIDEO OPTION」を売り場で流すことにしたのです。
仕事しながら勉強できるな、と。

これです。懐かしい。今はDVDですよね当然。
当時は大人気のビデオでほぼ毎月発売していたと思います。
最後のほうは店の本棚にめっちゃ溜まってましたから。

cover.jpg

この行動からお店に異変が起こりました。
そんなタレ流し映像を見に来るお客さまが現れたのです。

ピット作業が終わる頃ですからタイヤ・ホイールの取り付け応対も
なく暇になったカウンターに座って、ビデオを見ながらお客さま同士、
また私と、閉店ちかくまでクルマ談義。

勿論お客さまはここで商品を購入(取り寄せも)して下さいましたし
新任の私に代わり、お客さまがアドバイスやクチコミ情報で接客して
くださることもしばしば。またそんな中で私の知識も深まっていき…
あの頃お店にたむろしてワイワイクルマ談義をしてくださっていた
お客さまに私は育てられ、他店から担当者が見学にくるような売り場
になり、売上も格段にアップしました。本当に感謝しております。

もちろん…趣味はどんどん高じてしまい、トゥデイから乗り換え。
買ってしまいました。はじめての新車。

本当はRX-7が欲しかったのですが、当時鳴り物入りで発売された
ユーノスロードスターです。

index.jpg

赤い2シーター。スバラシイ!
オートマですけどね(笑)

indexx.jpg

しかし、2シーターはやはり不便でした。
そしてオープンカーには見た目のオシャレ加減を裏切る厳しい現実が!

その事に気づくのは、もう少し先ですが。
その頃、再び辞令がくだります。
オートバックス人生の集大成であり終着駅である高槻店へ。

続きは、また後ほど!
posted by 坂井ユカコ at 00:04| Comment(0) | 雑談・旅行・グルメ | 更新情報をチェックする
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