2012年03月18日

私の車歴は職歴に通ずその2「ちょっと女の子してみたかったの」

久しぶりにクルマの話です。


前回はこちら>>>
その1「愛すべきマイカー第一号」


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オートバックスセブンに入社して、そこから教習所に通い、愛媛から自走でやってきた父御垂涎の「百恵のコルサ」。
オーディオやタイヤホイールもすべて社外品に交換し、ノリノリで車生活を楽しんでおりましたが、周囲の先輩や同輩(当然クルマ好き)が次々と車を乗り換えていくのを見て、なんか、私も「買いかえてみたいな」という気持ちが膨らんでいったのです。


もちろん背景には、純正マフラーが腐食して落っこちて「ダメだこりゃ」と感じたのがあります。
そして車が古すぎてアフターパーツが出ておらず、ドレスアップやチューニングを楽しめないと痛感したというのもある。

ところで触媒、どこに落としたんだろうね。
たぶん当時の彼が住んでいた中央環状線東大阪あたりだと推察しますが。


私の周囲は当時、小さい車だと、シビックやCR-Xをやんちゃに乗ったり、MR2やシティを駆り、毎週のように名阪スポーツランド(懐かしい…)へジムカーナに繰り出す人が多かったです。この頃はまだまだ86レビン・トレノもイケてましたね。
大きい車だと、ソアラやRX-7、GT-Rでブイブイいわせている人、セドグロやクラウン、マークⅡ・クレスタ・チェイサー(こりゃまた懐かしい…)でやたら落ち着いている人、ステーションワゴンが流行の兆しで、アコードエアロデッキも粋でカッコ良かったなあ。


よ~し、私も車買っちゃおう♪
そうだな、やっぱりシビックだな。
マフラーはフジツボかHKS、トラストもいいかしら。
ホイールは、ブラックレーシングもしくはBBSよね♪


先輩の知り合いの車屋さんから早速値段を聞くという事になり、彼がオートバックスに乗ってきた車。

それこそが、私の2代目の愛車。



ホンダ トゥデイ

ぜんぜんシビックじゃないんですけど(笑)


ビビットなピンク色に一目ぼれしてしまい「その車、売ってもらえますか?」とお願いしてしまいました。

今中古車でググっても

こんなのや


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こんなのしか


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出てきませんが、

当時は


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こういう色合いの車でした。

もしかしたら全塗装していたのかしら?
信頼できる所で買ったので事故車ではないのですが。
同じピンクを見たことがなかったです。

小さくて、可愛くて。
いかにも女の子のクルマって感じが大好きでした。
コルサについていたオーディオをこちらに付け替え(またこちらもひと苦労)、女子的カーライフを満喫していた入社4年目。

私はオートバックス深井店で、小物~タイヤホイール担当(サブ)~カーオーディオ担当(サブ)~冬季商品(タイヤチェン・スキーキャリア)担当、といった仕事をしていたのですが、ちょうどその頃、転勤がありました。

転勤先はオートバックス東大阪店。オートバックス創業1号店です。
そんな輝かしいクレジットとは裏腹に、お店はえらく古く、いい加減もう建て替えたら?というレベルでしたが、同じ敷地内には研修場(通称トレセン)もあり、オートバックスを語る上での歴史的建造物として中途半端に直せない状況だったのかも知れません。

このお店で私のオートバックス人生における転機がありました。
当時、お世辞にも活況とは言えなかった「カースポーツ」の担当になったことです。

カースポーツは、ステアリング、マフラー、エアフィルタ、ターボタイマー、ブローオフバルブ、ストラットタワーバー、エアロパーツ、サスペンション、ショックアブソーバー、フォグランプ、ヘッドランプetc…、いわゆる若い子が好きな外付け部品全般のこと。

売り場面積四畳半の東大阪店から手さぐりで、転勤した高槻店(現スーパーオートバックス)では、売上関西ギネスを樹立、その後の転職、起業の基となった私にとって大切なものです。

カースポーツ担当時代のお話は、次の車で。。。

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posted by 坂井ユカコ at 17:00| Comment(0) | 雑談・旅行・グルメ | 更新情報をチェックする
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